五海塾 | 自宅で本格的に写真を学べる!フォトアドバイスの一眼レフ講座 | デジタル一眼レフの達人になろう!-フォトアドバイス-

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五海塾

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五海カメラマンからのメッセージをご覧ください

 ↓ ↓ ↓ 



■月一回、6回に渡って開催していきます。
■写真の面白さ、多様性、そして撮る人の可能性を受講生と一緒になって考えていきます。
■この講座は、写真の魅力を見つけていく講座です。
■この講座は、一回毎独立(第六回を除く)していますので、どの回からでも参加できます。
■講義(座学)は初心者からベテランまで誰でも参加できます。
2人から10人、3時間
■撮影実習講座(第四回、第五回)は、カメラを使いこなせる人を対象とします。
2人から6人、3~6時間
■6回目(最終講義)の講義は2回以上参加した人を対象に行います。
2人から10人、3時間
■この講座は撮影のための技術を教えるものではありません
■関内セミナールームにて行います(アクセス

第一回(講義) 9/17(土)13:00~16:00
「写真見つめる、一枚の写真から」
私達の廻りには写真が溢れています。
その中から、受講される方に自分が好きな写真、気になっている写真を持って来ていただき、
その写真を基に写真について講義していきます。
私(五海)が持ってきた一枚の写真を基に、一枚の写真が語るものについて講義します。
※ 自分の身の回りにある印象に残っている写真、気になっている写真を持参
※ 一人一枚、写真データならUSBメモリ、印刷物ならそのまままたは複写、自分以外が撮影した写真に限る

第二回(講義) 10/23(日)13:00~16:00
「表現としての写真」
セバスチャン・サルガドと牛腸茂雄の写真集を基に、テーマを持って撮る事、日常
自分の身の回りを撮る事、写真表現について講義します。
※五海ゆうじと音楽家達とのコラボレーションビデオ「地の記憶」上映
(希望者のみ参加)

第三回(講義) 11/19(土)13:00~16:00
「アマチュア写真と表現」
アマチュア写真家と PHOTODAYS の写真を取り上げ講義していきます。
ゲストを交え、(実践講座受講生と篠毅を予定しています)写真と表現について講義します。

第四回(撮影実習) 12/18(日)10:00~16:00(昼食含む)
「構成と構図」
紙を使い、受講生の構成力を引き出していきます。
http://www.ab.auone-net.jp/~itsumi/gallery/paper1_big.html
撮った写真を講評していきます。
※三脚、カメラ(標準レンズ、ズームでも可)持参
※写真教材費を別途いただきます。¥1.500
※講評を受けたい方はPC持参

第五回(撮影実習) 1/14(土)13:00~17:00
「人を撮る」
リチャード・アベドンが人を撮った「IN AMERICAN WEST」を基に、
人を撮る事の面白さを講義します。
撮影実習は、受講生の方同士で撮影をしていきます。
撮った写真を講評していきます。
終了後、第六回を受講される方には特別講義をします。
※三脚、カメラ(標準レンズ、ズームでも可)持参
※講評を受けたい方はPC持参

第六回(講義) 3/18(土)13:00~16:30(延長の可能性あり)
「写真を撮る」
受講される方が、それぞれのテーマを基に
撮影された写真を徹底講評、講義をしていきます。
五海塾を2回以上受けた方を対象とします。
■講評を受ける作品提出について
※五海塾に参加されてから撮影された作品
※一つのテーマに基づいて撮影された作品
(あれも撮れます、これも撮れます、上手いでしょう、的作品は受付けません)
※10枚以上、20枚までの写真をご持参ください
(カラー、モノクロ、問いません)
※講評を受けたい方はUSBメモリーに入れて持参


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篠毅について(第三回ゲスト)
篠毅が写真展を開催するにあたり、崔洋一と私(五海)が書いた文章です。

崔洋一
篠 毅写真展に寄せて
篠毅の写真群をどのように解くのかは興味の尽きないところだが、我流の理解をほんの
少々開示すれば、これは、空と道の物語だ。
なんだ、それでは、凡百の「風景」ではないか、と思われるかも知れないが、実はその通
りなのである。だが、凡百と言っても、ひとにはそれぞれに違う「風景論」のようなものが
ある。カメラという加害的存在に依拠し、
狙撃者は息を殺し、ファインダーの小さな世界から透徹する自分だけの風景を撃つ瞬間に、
つまりシャッターを押した瞬間に、そこに在るのは、意図し切り取られた超個人的な世界な
のだ。
それは同時に観る者をして視る行為を強いるイマージュであるのは当然のことである。
だからこそ篠毅の切り撮る、もしくは切り取られた「凡百」を形容すれば、ある種の無限領
域であり、同時に行き止まりの時間帯とも呼べる。
つまり、この表層と深層の混在は6年代風に言えば、静かに主張する複雑な時間、と言
うことになる。
空がどこまでも深い碧であることは重要だ。道、そしてそれに寄りそうように影を彩る建
物や無機的な造形群、点在するひとびとはマチエールと化し、わたしたちの記憶を弄る。
ドラマ=相対する、と物語を簡単に規定するなら、名実ともに今、ここに在る写真はすで
にわたしたちの物語そのものではないだろうか。
わたしたちは、意識も無意識も含めて、この時間帯=写真群を自分の速度で歩けば良いの
である。心地よさとは違う風景を極私的に所有し解体するスリリングな愉楽は、実はわたし
たちの現在そのものなのだから。
映画監督 崔洋一


篠毅写真展 五海ゆうじ
篠毅は世に隠れた鬼才である。
どれだけ彼の写真を見続けてきただろうか、
一枚の写真について、二人である時はひっそりと、ある時は熱烈に語ってきた。
振り返ればそれはもう40年にも及ぶ時が流れている。
しかし今でも私達の合言葉は「大切なのは常に今」なのだ。
写真を撮り続ける事の困難さと素晴らしさ、篠毅は何時もまさにその真只中にいる。
そして今の写真だ。
何年かおきに彼の写真を視るが何時もその写真が持つ鮮烈さあるいは清冽さ、そして暗く
澱む内面の葛藤に驚かされる。
普段私達が見ているなにげないもの(それは池の水面であったり、建物の柱であったりする
のだが、)が篠の眼を通過すると突然変異のごとくまったく違う貌を見せ始めるのだ。
篠が抽出したなにげない風景の奥に潜むもの、それは篠の内面(人生)であり、それを形作
る私達の世界、時代そのものなのだ。
ある風景が一人の写真家の眼によってまったく違う貌を見せる。
それは写真の持つ要因の最も大切なものの一つでもある。
再び繰り返す。
篠毅は世に見捨てられた鬼才である。

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受講票など郵送物はありませんので直接会場にお越しください


諸注意事項
・お申し込み期限は3日前です
・キャンセルは開催1週間前までとさせていただきます
・懇親会では講師カメラマンから写真のアドバイスを受けたり、他の参加者の方との交流を深めるために、
ご自身の作品をプリントアウトしてお持ちいただくことをお勧めします。
できるだけ多くの方が講師とお話しできるよう、個人添削のお時間を制限させていただくことがあります。

お問い合わせ先
ご不明な点、キャンセルなどはお問い合わせ窓口へご連絡ください。

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